伊豆は夏以外の季節も面白い

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静岡県の伊豆といえば、東京から近い海が綺麗な場所として、夏に海水浴をする人で賑わいを見せます。温泉やグルメ、下田の史跡など、夏以外の季節の魅力について紹介します。

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国際観光文化都市 熱海

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古くからの湯治の地であり、地名は「阿多美」であったが、海から熱い湯が湧き出ていたことから「熱海」とされた。1604年には徳川家康も来湯していたと云われてます。

熱海は、神奈川県の隣の静岡県にある温泉地です。海に隣接する温泉地のため、リゾート気分を味わえると全国から観光客が訪れます。また、東京からは新幹線で50分、普通列車で約2時間ほどで行くことができるため、関東近郊の人の週末旅行の定番スポットの1つでもあります。

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江戸時代のおもかげ 三島宿

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三島は幕府の直轄地である天領でした。天正18年関八州の領主となった徳川家康は直ちに三島代官所をつくり、伊豆の統治を始めました。初代代官は伊奈熊蔵でした。
宝暦9年(1759)になると170年間続いた代官所は、韮山代官所に統合され、三島は陣屋(支所)の役割を果たしていました。

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三島宿「みしましゅく」(静岡県三島市)

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三嶋大社の門前町として栄えた三島宿は、箱根越えを成し遂げた人々が「山祝い」と称して、少なからず散財した場所として栄えました。

守綱八幡神社(もりつなはちまんじんじゃ)

創建は不明ですが寛永年間頃と云えられています。祭神は守綱大神、境内には秋葉さん常夜燈などがあります。

三嶋大社(みしまたいしゃ)

伊豆国の一宮で、三嶋大明神を祭っている。
奈良・平安時代の古書にも記録が残っており、源頼朝が源氏の再興を祈願したことでもよく知られている。平成12年には、本殿が重要文化財に指定された。頼朝旗揚げ成功以来、武門武将の崇敬も篤く、三嶋大明神の称は広く天下に広まっていった。

円明寺(えんみょうじ)

江戸時代に諸大名が三島宿宿泊する際に、泊まるよう指定されていた宿である。旧樋口本陣の表門が、円明寺に移築されたものと言い伝えられています。

世古本陣跡(せこほんじんあと)

三島宿には、世古本陣と樋口本陣の本陣が2軒存在していた。ここ世古本陣は、一の本陣と呼ばれ世古六太夫が勤めた。逸話では慶長4年(1599年)58歳の家康が、ここで阿万の方(当時おきく20歳)を見染めた。また、安政4年(1857年)に三島宿に泊まっていたアメリカ人ハリスが宿泊先(世古本陣)の日本庭園の素晴らしさをを日記に書いています。

樋口本陣跡(ひぐちほんじんあと)

三島の宿には樋口本陣と、道を挟んで 世古本陣があった。本陣の建物は書院造りで、門構え、玄関、上段の間、控え の間などの部屋や湯殿、庭がある広大なものだった。郷土館には宿泊した大名 の関札があり、樋口家にある『樋口本陣文書』と『織部灯籠』は、市の文化財 に指定されている。なお、三島大社には茶室『不二亭』も移築されている。

常林寺(じょうりんじ)

天正元年(1573)開創の曹洞宗の寺で、開山は麒庵東麟大和尚(きあんとうりんだいおしょう)。本山は永平寺、總持寺。法堂(はっとう)には本尊として聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)が祀られている。現法堂は、昭和5年(1930)の北伊豆地震の直後に再建立され、三門・庫裡とともに木造の伝統的な建築物である。

 

三石神社(みついしじんじゃ)

創建年代は不詳。宝暦11年(1761年)造営の棟札が残っており、それ以前の建立。 源兵衞川の川辺に三ツ石という巨石があり、そこに社を設けて稲荷社を祀ったことにはじまるという。平成6年に現在の本殿を造営。境内には「時の鐘」がある。寛永年間(1624~44)に鋳造され、江戸時代から三島宿に時をつげていた名残。現在の時の鐘は昭和25年に再建したもの。

伊豆国分寺(いずこくぶんじ)

国分寺は 「今光明四天王護国寺」として天平13年(741年)全国に建立の詔勅が下された。伊豆国分寺は昭和31年軽部慈恩氏によって発掘調査され、寺域と伽藍が推定された。塔跡は現国分寺境内にあり、基壇と8個の礎石が残されている。

 

広重が描いた東海道53次って‥‥?

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東海道53次とは

江戸時代、徳川家康によって整備された五街道のうちの一つです。東海道にある53の宿街のことを指します。東海道は日本橋から京都まで続く街道で、徳川家康ゆかりの地が数多くあり、訪れると家康の偉大さが良くわかります。どこに行っても家康の功績が称えられています。

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