53次中最も小さな宿場 原宿

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東海道が足柄越えをしていた中世の頃、愛鷹山のふもとを伸びる根方街道が東海道であった。東海道の本道が箱根を通るようになったのは元和2年(1616)からで、その後原宿においても浮島沼の南側にメインルートが移ったようである。

現在、千本松原沿いに伸びる旧国道一号線は、かつて駿河に進出した武田信玄が駿河湾で作った塩を運ばせた時に自然発生的に出来た塩道で、甲州街道と呼ばれていたそうです。

原宿は美しい松原と、どこからも見える富士の眺めに恵まれた気候温暖で風光明媚な土地柄である。元禄時代、原宿は家の数200軒足らずで、旅籠の数も20軒しかない53次中最も小さな宿場の一つです。

神明塚古墳(しんめいづかこふん)

この古墳は、市内に残っている3基の前方後円墳の一つである。全長約54メートルの前方後円墳で、後円部に神明宮が祭られていることから神明塚古墳と呼ばれている。

周囲には周溝(堀)がめぐらされているが、前方部の周りが崩れており、周溝も大半が埋没している。当初、古墳時代中期~後期(5世紀中頃~6世紀代)の古墳と考えられてきたが、平成15年度に実施した発掘調査(2次)によって、前方部が後円部よりも短い形状となっていることが確認された。また、出土した古墳時代前期後半の土器などから、古墳時代前期中葉~後葉(3世紀後半)にかけて造営された古墳であることが判明した。昭和45年2月に市の指定史跡となっている。

清梵寺

東海道を神明塚古墳から暫く歩き、踏み切りを超えたところに清梵寺がある。臨済宗妙心寺派の寺で、本尊は十一面観音・地蔵尊。 昔から原のお地蔵さんと親しまれている。

長興寺

清梵寺のすぐ隣に、やはり臨済宗妙心寺派の長興寺がある。本道の脇に来客が打ち鳴らす板が吊るしてある。

松陰寺

長興寺を過ぎると、松陰寺がある。白隠禅師で有名な寺です。臨済宗白隠派の本山。鎌倉時代、円覚寺の末寺として建てられたが、その後寂れた。

江戸初期寛永年代に大瑞和尚が再興して妙心寺派に属していた。山門の屋根は108枚の石瓦で葦かれているそうで、煩悩をこの山門で止めるため白隠が作らせたものだそうだ。山門の東側には、樹齢400年になると言うすり鉢松がずらりとそびえて立っている。

白隠産湯井戸

松陰寺を過ぎると白隠生誕地の碑が道路沿いに立っている。そこから少し奥まったところには白隠産湯井戸がある。

日本最古の小説は竹取物語です。実は竹取物語のかぐや姫のお話は、沼津市原周辺のお話のようです。広重もかぐや姫をはりま図絵で原のものとして描いています。

 

 

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