とろろ汁の丸子宿

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東西7町、人口800人足らずの小さな宿場であった。

丸子宿本陣跡

丸子宿が東海道伝馬制の制定によって宿場町が定められたのは、関ヶ原の戦の翌慶長6年(1601年)で、江戸から数えて二十番目の宿場町であった。
江戸期の宿場戸数は200戸余りであった。

丁子屋(ちょうじや)

創業は慶長元年(1597年)。宿場町として栄えた丸子で400年以上もとろろ汁を提供しています。
松尾芭蕉は「梅若葉丸子の宿のとろろ汁」という句を詠み、十返舎一九は「東海道中膝栗毛」の丸子のシーンでとろろ汁を作中に取り入れた。また、歌川広重は「東海道五十三次・丸子」で丁子屋を描くほどこの店は有名である。

丸子橋(まりこばし)

丸子川にかかる橋で、橋を渡ると高札場跡がある。これは丸子宿に現存する高札のレプリカである。

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