「富士」が見える見付宿

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見附宿は、本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠56件と大変賑わっていた宿場である。
見附という名前は、京側から旅をしてきてここで初めて「富士」が拝めたため、「見附」の名前がついたとも言われている。

見附宿東木戸跡

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「遠州見付宿 木戸跡」と書かれた木柱がある。

大見寺(だいけんじ)

中世には、境内に今川氏によって築かれた城があった。江戸時代の絵図には、大見寺を取り囲むように見付端城の土塁が描かれている。

見附宿脇本陣大三河屋門

大三河屋ははじめ旅籠屋だったが、文化2年(1805)に脇本陣となった。この門は、2本の本柱上に冠木を渡し、その上に梁と切妻屋根を載せている。武家や商家の屋敷の門には棟門が使われるが、脇本陣の玄関を飾るためか、小さいながら薬医門の形をした門である。

旧見附小学校

学制発布後まもない明治8年(1875)に落成した現存する日本最古の洋風木造小学校校舎である。当所は4階建てだったが、明治16年に増築されて今の5階建てとなった。

姫街道追分(ひめかいどうおいわけ)

東海道見附宿と御油宿を結ぶ東海道の脇街道。浜名湖の北側、本坂峠を越える道、本坂道、本坂通りとも言う。

見附宿西木戸

現在は西光寺の表門に西木戸と書かれたものがあるだけである。
当時は、加茂川橋に西木戸があった。

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