文福茶釜のある吐月峰 柴屋寺

スポンサーリンク
Pocket

 

柴屋寺は、1504年に京都の銀閣寺を模して建立された臨済宗妙心寺派の寺院です。

「ぶんぶく茶釜物語」は、群馬県館林市にある茂林寺の「分福茶釜」伝説が有名ですが、ここ柴屋寺の「文福茶釜」は静岡市伝説です。
漢字体は、茂林寺⇒「分福茶釜」、柴屋寺⇒「文福茶釜」と異なります。

柴屋寺の正式名称は、「天柱山吐月峰柴屋寺」で国指定の名勝及史蹟庭園です。

柴屋寺は、今川家・第六代当主の義忠公と第七代当主の氏親公に仕えた連歌師の宗長が草庵を結び余生を送ったところです。

室町時代から戦国時代にかけて、応仁の乱の戦火を逃れて京から多くの公家や文化人が駿府へ居を移し、「東(国)の京」または「東(国)の都」とも呼ばれ「京文化」が栄えました。後の「東京」のいわれではないのか…?

駿府(現静岡市)は、今川氏が統治していましたが、当時は都から京文化が導入され、風雅な茶道、華道、連歌など今川文化が流行りました。

この柴屋寺には、足利義政公がお茶を点てる際に用いた「文福茶釜」が所蔵されています。

この寺の所蔵する主な寺宝。(文化財に指定)
1.後水尾天皇御親筆の短冊
2.芦屋釜…文福茶釜(足利義政公より賜るもの)
3.柿本人麻呂像および一節切の笛(頓阿法師作)
4.一休さんが托鉢の際、使用した鉄釜
5.今川氏親公の真筆扁額
6.宗長法師の真筆

 

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


コメントは承認待ちです。表示されるまでしばらく時間がかかるかもしれません。