徳川家康の正室の築山御前が奉られる 西来院

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所在地:静岡県浜松市中区広沢2丁目10-1
見学:無料
アクセス:
<バス>JR浜松駅から遠鉄バス「舘山寺温泉」行き「鹿谷町南」バス停下車、徒歩15分。

静岡県浜松市の中区にある西来院(せいらいいん)は、高松山(こうしょうざん)と号する曹洞宗の寺院です。

正長元年(1428)、寒厳(かんがん)十三派のうちの月窓派(げっそうは)の拠点として、月窓義運禅師(げっそうぎうんぜんじ)によってに開創されました。本尊は釈迦牟尼仏です。

墓苑には徳川家康の正室・築山御前の廟堂(月窟廟)をはじめ、家康の異父弟・松平源三郎康俊、江戸時代の浜松女流歌人・杉浦真崎、森繁子などの墓があります。

徳川家康の正室、築山殿の廟所がある寺として有名な西来院ですが、西来院の本堂は戦災で焼け落ちたため、現在は鉄筋造りの近代建築に生まれ変わっています。

築山御前の廟堂・月窟廟(げっくつびょう、がっくつびょう)は一時戦災のため焼失しましたが、昭和53年の400年忌に復元されました。西来院には数奇な運命のもと亡くなった。築山御前が奉られています。、

徳川家康は駿府城での人質時代に、椿姫と恋仲となりましたが、実らず、駿府城主 今川義元の妹の娘、「瀬名(せな)」別名「鶴姫」、と結婚しました。その女性が家康の正室、のちの築山御前なのです。

長男「信康」と長女「亀姫」を授かりました。長男「信康」は織田信長の長女「徳姫」と結婚します。

しかし、築山御前は「謀反(裏切り)」の疑いを掛けられ信長より家康に殺害の命が下りました。

現在の浜松市冨塚のあたりで刀で切られ没したとされています。近くには。その切った刀の血を洗ったとされる。「太刀洗いの池」が石碑と共に奉られています。

また、長男「信康」も二俣城にて切腹を命じられ無念の死を遂げます。しかし、現在では、信長の命ではなく徳川家の事情で殺害された。という説が浮上してきているようです。

浜松最大最古の六地蔵尊

参道にある地蔵堂、六地蔵尊です。この六地蔵尊は約300年前に建立され浜松最大最古といわれています。日本では地蔵菩薩の像を6体並べて祀る六地蔵像が各地で見られます。

これは、仏教の六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)において、それぞれ6種の地蔵が衆生を救うとする説から生まれたものでだそうです。

西来院の長藤

樹齢200年以上はあろうかと思われる長藤です。大正中期に「藤番付」を編んだ大蕪庵十湖翁は、東の横綱に池田行興寺の藤を、西の横綱に西来院の藤を挙げました。

藤棚の中央には「咲きながら のびすすむなり 藤の花」と詠まれた松島十湖翁の句碑があります。藤の開花は例年4月下旬から5月上旬頃です。

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