「雲立楠」がある神社 浜松八幡宮

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所在地:静岡県浜松市中区八幡町2(34.715946, 137.736834)
TEL:053-461-3429(代)053-544-7111
駐車場:あり(参拝者専用)
浜松八幡宮HP:http://www.hamamatsuhachimangu.org

アクセス:
<電車>JR「浜松駅」から遠州鉄道「新浜松駅」に乗り換え「八幡駅」下車。徒歩5分。
<バス>JR「浜松駅」北口バスターミナルから、遠州鉄道バス早出行きに乗り換え。「八幡宮」停留所下車。徒歩5分
<徒歩>JR「浜松駅」より徒歩20分。

徳川家康公とと三方ヶ原の戦い。2大危機といわれる三方ヶ原と伊賀越えは浜松城が居城だった時期に起こったものです。浜松時代は徳川家康公にとって本当に波乱万丈だったのです。

浜松八幡宮もまた三方ヶ原の戦いにまつわる伝承があるお社です。敗走する徳川家康公を守ったご神木です。

浜松八幡宮の始まりは仁徳天皇の御代にまでさかのぼるといいますから、およそ西暦300から400年になります。曳馬(現在の浜松)に遷座したのが938年のことと伝わってます。

浜松に鎮座してから1000年以上の歴史を持つ由緒正しい神社です。1051年には八幡太郎の名で有名な源義家が楠の下に旗を立てて八幡の神を勧請したという言い伝えもあります。

徳川家康公は浜松城の鬼門の方向に位置し武家の神である八幡神を祀っていることから、浜松八幡宮を氏神として参拝していたそうです。

そして最も有名な伝承は、徳川家康公が三方ヶ原の合戦に敗れたときのことでした。敗走した徳川家康公は敵の目を逃れるために、この神社の境内にある大きな楠の穴に身を隠したと伝えられてます。

この楠こそ、源義家が神様を勧請したと言い伝えられているご神木です。なんとか難を逃れたとき、この楠から瑞雲(吉兆をしめす雲)が立ちのぼったと伝えられています。これが「雲立楠」と呼ばれている由来です。

この不思議な出来事の後、徳川家康公は八幡宮を徳川家の祈願所としてますます崇敬しました。浜松八幡宮は徳川家康公、ひいては徳川家を守護するお社になったのです。源義家の時代からというと樹齢1000年近いということでしょうか。

伝承が真実かどうかは別として、最大の危機のなか潜んだ徳川家康公の気持ちはいかほどだったのでしょうか。その後、瑞雲を目にした時の心は・・・。浜松城時代の徳川家康公はまさに命がけの連続でした。

その苦難のなか、徳川家康公と徳川家の守り神となったのがこの浜松八幡宮なのです。それどころか代々の征夷大将軍が理想の武将として尊敬した源義家にもゆかりがある、まさに武家の守護神社です。

延長5年(927)に完成した延喜式の神名帳には、遠江国敷智郡六座の神の一座 許部神社と記載されています。

その後、天慶元年(938)には神託により、許部の里から曳馬の里(現在地)に遷座。この時、松の木を浜から持ってきたので、「浜の松」が転じて里の名を「浜松」とし、浜松の地名になったといわれています。

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