池泉式観賞庭園の本興寺

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南北朝時代の弘和3年/永徳3年(1383年)、陣門流の門祖日陣(1339年 – 1419年)が東海地方を巡化していた時、行基開基を伝える古刹高野山真言宗三河国船形山普門寺(愛知県豊橋市雲谷(うのや)町)の末寺であったそうです。

遠江国薬師堂の僧が法戦を挑んだと伝わってます。この僧の法説は日陣により論破され、僧は大慈悲院日乗(1345年 – 1425年)と名を改め、本興寺を開山したと言われてます。

この時より、薬師堂は常霊山本興寺と言う名となり、この地域の法華宗布教の中心となりました。江戸時代は徳川家康からの朱印地拝領により10万石の格式と徳川将軍家の三つ葉葵の使用を許されていました。

国の重要文化財である本堂をはじめ、貴重な文化財を所有しています。大書院にある谷文晁の15面におよぶ壁画や襖絵が有名で、別名「文晁寺」とも呼ばれています。

大書院の庭は小堀遠州が手掛けた池泉鑑賞式の庭園で、境内は春の桜やツツジ、秋の紅葉など、四季折々の表情をみせます。

北原白秋が心引かれたことでも有名です。本堂の近くに「水の音ただにひとつぞきこえ希るそのほかはなにも申すことなし」という歌碑があります。

歴史的に貴重な建築は、国の重要文化財指定。そのほかにも文化財を多く所蔵しています。春には境内に数百本の桜が鮮やかに咲き乱れます。

山水壁画と襖絵、並びに池泉式観賞庭園で有名な本興寺。

 

 

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