庚申信仰の臨済宗 金剛山 庚申寺 

スポンサーリンク
Pocket

 

門前の石畳は、かつて庚申寺の参道だった道。主な建物は江戸末期のもので、山門の屋根瓦には十二支と四隅に四猿(不見猿・不聞猿・不云猿・宝珠猿)、本堂には弘法大師の作である本尊釈迦如来がある。二十四孝図絵馬は、市指定有形文化財です。

 

金剛山庚申寺は臨済宗方廣寺派の寺院で、昔から大阪の四天王寺と並んで遠州地方の庚申信仰の中心として栄え、地元では「宮口の庚申様」と呼ばれています。

庚申信仰とはもともと中国の道教からきた延命長寿の思想である。六十日ごとに巡ってくる庚申(かのえさる)の日には、人間の腹にいる三尸の虫が腹から抜け出し、天帝にその人の罪を告げる。

天帝に罪が明らかになると、その人は命を奪われるので、その夜は眠らずに身を慎んでいなければならない、というものである。

そこで眠らない方法として考えられたのが『庚申待ち』という行事。庚申講という講をつくり、皆で当番の家へ集まり飲食をともにし、徹夜で語り合うのだそうです。

その際、農村部であるので自然と農業の話になる。このことからいつの間にか、庚申様=農業の神様、といわれるようになった。

「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿の軒瓦がついている山門をくぐると、左手にご本尊である庚申尊天を祀った庚申堂がある。

 

 

拝殿には「請雨閣」という大きな扁額がある。日照りで困った時には農民たちが一身に雨乞いをしたのだろうか。

ご利益は五穀豊穣、家内安全に稼業繁栄、福寿延長など。農業と深い関係を持つ、庶民信仰の庚申様である。

 

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA