当目山  香集寺

スポンサーリンク
Pocket

 

当目山 香集寺(とうもくさん こうしゅうじ)。

弘法大師の開基。弘仁6年(815)の創建といわれ、本尊は虚空蔵菩薩で聖徳太子作と言われる[京都嵐山」「伊勢朝熊」と並ぶ日本三大虚空蔵尊の一つです。

仁王尊は、宝永3年(1706)田中城主第12代内藤紀伊守弌信が再興したものです。 仁王門は木造寄棟造りの瓦葺の八脚門で左右の後部に仁王尊(金剛力士像)が祀られています。

香集寺(虚空蔵山山頂)への参道は、仁王門を含めて通行できません。(平成29年7月現在)

 

本尊は、虚空蔵菩薩で、虚空蔵山(当目山)」(標高126m)の頂上にあります。南麓の曹洞宗「恵目山 弘徳院」(けいもくさん こうとくいん)の末寺で、現在は無住です。

寺伝によれば、弘仁6年(815年)に弘法大師が聖徳太子作の虚空蔵菩薩を安置したのが創始です。この虚空蔵菩薩は伊勢・朝熊の「勝峰山 兜率院 金剛證寺」、京都・嵐山の「智福山 法輪寺」とともに、一木三体の「日本三大虚空蔵菩薩」であると云えれています。

したがって、元は真言宗の寺院で、名も「香信楽寺」と称した。しかし、天正9年(1581年)、持舟城の武田軍の兵火にかかって諸舎全焼しましたが本尊のみは難を逃れました。

当時は焼津市野秋にあった「弘徳院」の三世全育及びその法嗣玄泉が元和3年(1617年)に曹洞宗寺院として再興し、名も「香集寺」に改められました。

伝説によれば、「虚空蔵山」麓の海を「鐘ヶ淵」といい、ここに「餅米代」という漁場があります。

昔、武田軍の兵火による焼失の際には鐘が海中に落ちたとさとか、山崩れがあって「香集寺」の鐘が海中に落ちて失われたと諸説がありますが・・・・。

鐘ヶ淵を禁漁とし、1年間不漁が続いて本当に困ったときの大晦日に、網を入れると必ず大漁となって、正月の餅代としたと伝えられてます。

 

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA