江戸時代中期の大庄屋 大鐘家

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大鐘家はの祖は武家だった家柄で戦国時代には丸岡城(福井県坂井市)の城主柴田勝豊の城代家老として大きな影響力を持ちます。

勝豊が長浜城(滋賀県長浜市)に移ると随行し柴田勝家と対立し、豊臣氏に下ります。慶長2年(1597)、遠州相良に土着し徳川家に従い江戸時代中期までは旗本として3千石を有していました。

「大鐘家住宅」は、江戸時代中期に大庄屋として遠州相良の地を支配した大鐘家が住んでいた民家。約1万坪の敷地内には、長屋門、母屋、資料館、あじさい庭園などがある。

手斧造の母屋は柱と梁に手斧目がはっきりと残っており、室町時代から続く由緒ある家柄だった一族の風格を今も漂わせている。

大鐘家の土間のかまどや座敷のへっついなどに往時の生活様式をしのばせる貴重な遺構でもあり、長屋門と母屋は国の重要文化財に指定されている。

土間のかまど

座敷

手斧造の母屋

天井を見上げると吹き抜けになっており、開放感のある印象を受けました。
現在も、24代目が住居として母屋で生活しており400年以上の歴史を語り継いでいます。

柱に触れてみると綺麗に研磨されており、時間の醸し出す木ならではの「味」を感じ取れました。

紫陽花

つるし雛

 

 

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