サッカー神社 魚町稲荷神社

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魚町稲荷神社(うおまちいなりじんじゃ)は、静岡県静岡市清水区江尻町にある神社、御祭神は宇賀之御魂命、御朱印の有無は不明です。

永禄12年(1569年)、武田信玄が現在の江尻小学校の敷地に江尻城を築き、その後天正6年(1578年)、当時の城将穴山信君(梅雪)が、城を大改築し、本格的な城としました。

この際、梅雪が江尻城の鎮護の神として社殿を造営したものが魚町稲荷神社です。「一村一郷に鎮守あり、一家に氏神あり、どうして一城に鎮護の神がなかろうか」という梅雪の言葉が伝わっています。

サッカーボールをかたどった高さ1.6メートルもの御影石のモニュメント「日本少年サッカー発祥の地」の碑がある。当社に隣接している先述の江尻小学校がその萌芽となりました。

日本のサッカーがいわゆる御三家と呼ばれた広島・藤枝・浦和を中心に展開してい昭和30年代、サッカー好きの新任教師・堀田哲繭が江尻小に赴任しました。

当時、ボールを蹴ることは校則で禁じられていたというが、それを押しのけ、先生は毎日子供たちとボールを蹴り、とうとう時の校長を折れさせました。

文部省小学校学習指導要領第三次改訂(1968年)で体育科のボール運動に「サッカー」が登場する12年も前のことで、江尻小をきっかけとして、旧清水市内に続々と小学生のサッカーチームができました。

昭和42年には、国内初の小学生リーグがスタート、指導者育成のためコーチングスクールも開校された。この年、東海四県サッカー大会が開催され、市内の小学生の選抜チームで臨み、見事に優勝しました。

これが清水FCの前身です。つまり、現在の日本のプロサッカーリーグであるJリーグの清水エスパルスの礎とも言えます。清水エスパルスが今でも必勝祈願を行う神社としても知られています。

現在のなでしこリーグへと続く、日本の女子サッカー創生期の強豪・清水第八プレアデスの選手たちも、必勝祈願に訪れたと云われています。

現在、管理している小芝八幡宮でも、早くからサッカーお守りを授与するなど、サッカー神社として知られています。

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