西園寺公望さんが建てた別邸 坐漁荘

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坐漁荘は、明治から昭和にかけて活躍した政治家・公家の西園寺公望さんが建てた別邸です。西園寺家の家系をたどると、平安時代の藤原家へとつながる由緒のあるお家柄。西園寺さんも大変に教養の深い方で、坐漁荘は奥ゆかしく気品あふれる日本家屋そのものでした。

建物は、純和風建築で京都出身の西園寺さんらしく京風の佇まい。竹で編まれた入り口を見て、当時近くに住んでいた方は小料理屋と間違えた、なんて・・・・。

正門の様子。小粋な小料理屋に間違えられるほどおしゃれなつくりです。

華美な装飾はほとんどなく、質素という言葉がこの坐漁荘にはぴったり。とはいえ、木材は上質なもので外壁にはヒノキの皮で葺かれるなど、細かい部分にこだわったつくりは、日本家屋ならではの良さを際立たせています。

西園寺さんは坐漁荘を建てる前から、避寒地としてたびたび興津を訪れていたことが知られています。海もほど近く風光明媚だったことで、相当に気に入っていたようです。

明治天皇や大正天皇が興津町(現在は合併されて静岡市清水区興津)を訪れていたことも、別邸を構えた理由のひとつかも・・・・。

西園寺さんは明治から昭和の激動の時代に日本の政治を支えた中心人物です。1849年に京都に生まれ、11歳には御所に出仕(宮中でお仕えすること)します。

この際に幼少期の明治天皇と親しくなったそうです。その後、幕末におきた戊辰戦争で岩倉具視に見いだされ大活躍、明治維新の立役者のひとりとなります。

「坐漁荘」という名前の由来は、古代中国の故事である「茅に座して漁した」という言葉からとられています。

 

「(これまで政治家として第一線でやってきたけれど)老いては釣りでもしながらのんびり暮らしたい」という西園寺さんの願いが・・・・。

 

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