須山浅間神社

須山の浅間神社は集落とは沢を隔てた柳沢の地に鎮座し、祭神は木花開耶姫尊である。

慶長3年(1598)の社殿旧記によると、景行天皇(110)の時代、日本武尊が蝦夷征伐のとき、この地を訪れ浅間神社を創起し、更に欽明天皇13年(552)に蘇我稲目が再興したとある。

古くより山岳信仰として「富士山」をご神体として仰ぎ、当時の度重なる噴火とも関連し、山麓に浅間神社を祀り、岳神の霊を慰め奉ったのが始まりである。

天元4年(981)には平兼盛が神社を修理し、武門からの崇敬も厚く、建久4年(1193)この地で巻狩をした源頼朝を始め、武田信虎・勝頼、今川家代々の戦勝祈願。徳川時代になると小田原城主より毎年弊帛が贈られている。

 何回かの修理を行っているが、現在残る社殿の棟札2枚のうち1枚は、大永4年(1524)と判読されるが、他の文面は判読できない。

もう1枚は慶長16年(1611)霜月吉祥日、祢宜渡辺対馬守 同三郎兵衛尉 大工善兵衛尉と記されている。大永4年の棟札は静岡県東部では最古の棟札といわれている。

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