江戸の面影を残す町並み 由比宿

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江戸期を通じて幕府領である由比宿は中世から続く宿場であり、小宿なため近辺11ヶ村を加宿としていた。

 

町並は本町と西町・東町からなり、本町には本陣・脇本陣・旅籠屋が置かれ、西町には鍛冶・番匠・桶・畳・紺屋・指物その他の職人や食料・雑貨を商う商人や人足などが住み、東町は全部伝馬役であった。

志田宅

当初の由比宿の東木戸で、桝型道路の形状をとどめている。志田宅は家歴も古く、屋号「こめや」を名乗り、家のたたずまいも昔の商家の面影を残している。入口(どまぐち)を入ると帳場、箱階段等が残っている。

お七里役所

紀州徳川家が、幕府の動向をいち早く知るために、七里ごとの宿場(23箇所)に設置した連絡所で、業務に従事したお七里衆が配置されていた。由比宿内のこの跡地には、現在は、説明書きが残るのみです。

由比本陣公園

由比町では、平成元年に本陣跡地を由比本陣公園として整備した。由比の本陣は、建物こそ無くなったが、庭などに当時の面影を残している。 由比本陣には、明治天皇が三度ご小休された。

離れ座敷を記念館として復元し「御幸亭」と命名した。また亭内には数寄を凝らした茶室「結仁斎」も付設され、憩いの空間としてくつろぐことができる。由比本陣公園内に設けられた美術館では「東海道五十三次」で有名な浮世絵師、歌川広重の作品を中心に展示されている。

正雪紺屋

江戸時代初期から四百年続いている紺屋(染物屋)。戸を開けると左手には、土間に埋められている四つ一組の藍甕(かめ)が四列、職能神の愛染明王を祭った神棚、壁には色々な染物道具、火事や水害など万一の場合、お客さまから預かった大切な品物をまっさきに運び出す用心篭が天井に吊られている。

この藍甕や道具は今では使われていないが、昔のままの道具や仕事場が残されていて貴重なものである。

五輪塔

正雪紺屋は慶安事件の由比正雪(1605~51)の生家といわれ、今でも裏庭の祠(ほこら)には、正雪を祭ったといわれる五輪塔がある。

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