地域に古くから伝わる伝統の「郷土料理」

地域に古くから伝わる伝統の「郷土料理」を紹介します。日本三大深湾の駿河湾の海の幸、富士山を始めとする3,000m級の山々がもたらす山の幸。静岡県は豊かな農林水産物に恵まれ地元の食材を使った郷土料理が今も形を残しています。

わさび漬け

山葵漬けは、わさびの刻んだ葉や茎、根を酒粕に漬けた漬物です。、旅の土産などでもらって、その味わい深さのとりこになったと言う方も多いです。

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徳川家康公ゆかりの祭り

静岡まつりは「駿府で徳川家康公が家臣を連れて花見をした」という故事に倣い、1957年(昭和32年)から始まった市民の祭りです。 毎年4月の第1金曜・土曜・日曜に開催され、家康公の花見を再現した400名の「大御所花見行列」をはじめ、満開の桜の下、さまざまな催しが繰り広げられます。

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「五つの物語」で構成されている

一、 「前夜まつり」 – 大御所(徳川家康)に仕える家臣団結成の儀(駿府城会場 駿府大演舞場)、大御所が花見に行こうと呼びかける、市民が大御所の家臣団として結成の儀を行う。数百のスカイランタンが打ち上げられる。

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二、 「駿府登城行列」 – 大御所の呼び掛けに応えて駿府城を目指す( 伊河麻神社、青葉開場、駿府城会場)、大御所主催の花見に招かれた町民が、大御所への献上品を持ち戦国武将、忍者、小町、町人、農民など時代衣装で駿府城へ行列する。

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三、 「大御所花見行列」 – 大御所とともに花見に出かける( 駿府城会場、追手町会場、浅間神社、青葉会場)

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四、 「夜桜乱舞・城下さくら踊り」 – 花見の宴を盛り上げる、参加者が大御所・徳川家康が開いた花見の宴を盛り上げるため、市役所前の大通りを舞う市民参加型の総踊りである。

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五、 「大御所観覧手筒花火」 – 天下に戦国時代の終焉を告げる、慶長18年(1613年)、徳川家康は駿府城で日本で初めて花火を見た。戦国時代を終わらせ、火薬を平和利用にと家康が花火を推薦したといわれている。

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徳川家康はどのような人ですか?

天下人として名高い家康ですが、幼い頃は「織田家」と「今川家」の人質として扱われ、家臣共々不遇な生活を送っていました。 しかし、そののちは三河平定、そして天下分け目の「関ヶ原の戦い」を経て征夷大将軍となったのです。

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今川時代から450年以上続く静岡浅間神社の「廿日会祭(はつかえさい)」に呼応する形で、昭和32年から始まった市民のお祭りです。徳川家康公が家臣団と駿府で花見を楽しんだ故事にならって桜の季節に開催されるこのお祭りは、今や静岡市の春の風物詩となっています。

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自然美と豊かさの体感スポット

東日本と西日本のほぼ真ん中に位置し、世界遺産の富士山や駿河湾、浜名湖、寸又峡、SLファンが注目する「大井川鐵道」、大河ドラマの井伊直虎ゆかりの「龍潭寺」、元祖いちご狩り発祥の地「久能石垣いちご狩り」など話題の観光名所があるのが静岡です。

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熱海の湧き出る7つの源泉散歩

湯治の地として発展してきた熱海には、町中に温泉の歴史を今に伝える名所が点在しています。その中でもおすすめは、温泉が湧き出る源泉スポット。入浴はできないものの、徒歩20分くらいの範囲にあるため散策しながら気軽に見て回れます。

湯前神社 (ゆぜんじんじゃ)

「大湯間歇泉」のすぐ近くには「湯前神社」があります。神、小童に託して曰く、諸人此なる温泉に浴せば諸病悉く治癒せんと因って里人祠をたて少彦名神を祀る」とあり「病を除く効果がある温泉がある」と神様からお告げがあり、祠を立てて神を祀ったという由来を持つ神社で、熱海の湯を守っています。湯前神社にお参りしてから七湯巡りをスタートするのがおすすめです。

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YAMAHAコミュニュケーションプラザ

「過去・現在・未来」と「コミュニケーション」をキーワードにしているコミュニュケーションプラザ。展示は2フロアにも及ぶボリュームで見応えあり!入館無料は無料です。駐車場は道路を渡った斜め向かい側にあるお客様駐車場が利用できます。

住所静岡県磐田市新貝2500
営業時間9:00~17:00
入場料無料
駐車場無料
公式URLhttps://global.yamaha-motor.com/jp/showroom/cp
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戦国時代から安定した社会へ(徳川家康の生涯)

徳川家康は、三河国岡崎城主・松平広忠の子として生まれた。6歳のとき尾張国織田氏の人質に、次いで駿河・遠江の大名今川義元の人質となった。父の広忠は家臣に殺され、岡崎の地は実質的に今川領に組みこまれ、家康も今川方の武将として戦う。

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お吉ヶ淵 幕末の動乱期に翻弄され流転した。


 吉(きち)は、天保12年(1841)、愛知県知多郡内海に船大工・市兵衛、母・きわの次女として生まれます。(幼少のころに下田に移り住む。)幼くして市兵衛を失ったきちは、下田に入港する船の船頭たちの洗濯女として生計を支えます。

吉(きち)の生涯は、幕末の動乱期に翻弄され流転した。幼い頃に下田に移り住んで、14歳で下田一の人気芸妓となったきちであるが、安政4年(1857年)に人生を決定付ける転機が訪れる。

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旧マッケンジー邸(国の登録有形文化財)

正式な登録名称は旧マッケンジー住宅。マッケンジー邸は市民の愛称です。戦前から残る貴重な建築として、国の登録有形文化財に指定されています。静岡市の名誉市民第1号としても知られる、社会福祉家として親しまれた夫人と、茶貿易商マッケンジー氏が暮らしていた住宅。

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