遠州新居手筒煙火

「遠州新居の手筒花火」は、新居の「諏訪神社奉納煙火祭礼」というお祭りのことを言います。3日間をかけて伝統的な儀礼や花火の打ち上げを行います。

遠州新居における手筒花火の奉納は、江戸貞享年間には既に諏訪神社で行われていました。新居には現在も、竹切りから梨粉(黒色火薬)詰めを地元の人間自らの手で行う「手筒花火づくり」の伝統技術や、独特のお囃子などが受け継がれています。

斎火の儀(さいかのぎ)

試み・前夜祭の両日、諏訪神社社殿で宮司が古式にのっとり火打石で火を起こし、付け木に点火します。これが斎火で、お祭り神事のすべての火の元になります。斎火は役提灯と火縄に移されます。

諏訪神社
祭事

新居の町の中に入るとお囃子が聞こえて来ました。お囃子の音のする方向に向かうと若い人が集まっていました。

まめひり

斎火の儀で灯ともされた斎火と火縄は氏子総代、世話係らとともに試み(こころみ)の会場、新居小学校へ向かいます。

この後に各町の目印となる高張り提灯を掲げ、子供たちがうちあげ揚花火の木製の筒を台車にせ続きます。

子供たちはこのとき「豆煎り候(そろう)伊勢屋のドンギリダマ」という悪口唄を声を揃え囃(はや)して通ります。

高張り提灯とゾメキの揚花(あげはな)の筒

まめひりで、各町が町名を書いた高張り提灯と揚花の筒を使うのには、試み会場が町内を転々
としていた昔、各町揚花の順番が来ると高張り提灯を高々と揚げ、曳いていった筒を据え揚花
を上げた故事の名残りです。

試み(こころみ)

金曜日・新居小学校 試みは、自作の花火の出来具合や火薬の調合具合を試みるということです。

大筒
三役
乱点け
細工花火

「心見」という字句で『新居町方記録』宝暦2年(1752)に初めて登場します。
試みでは、揚花 緑星を合図に、翌日の前夜祭で据付式の大筒を出す町(上西町以外の五町)が大筒を1本ずつ披露します。

上西町が試みと前夜祭に大筒を出さないのは、前夜祭に猿田彦煙火(さる た ひこえん か)を盛大に行うことに重きを置いていたためです。

次に三役と呼ばれる役花火を披露します。三役とは源太山町・仲町・西町(西三町)の代表者が出す花火です。その後、乱点けに移り、一般の人が自らが作り上げた花火を披露します。

六本揃

昔は各町の取締や若い衆が試験的にそれぞれ3、4本ずつ出す程度でした。

乱点けの後、六町での六本揃、新居町細工花火保存会の細工花火、源太山町サーコイによる筒煙火が披露され、スターマインの打ち上げ、手打式で終了となります。

汐花(しおばな) 

前夜祭当日、髙見町では、花火六町のお祓いに使う清めの汐花を表浜から汲んできます。

夕方、髙見町を出発した赤鬼、青鬼が、花火六町とその家々を汐花と榊の枝で祓い清めて廻ります。この行事を汐花といいます。

鬼は代々、髙見町が務めます。江戸時代、鬼は各町のお祭り屋台や宝船の先祓いを務めていたようです。

清めの汐花
祭礼屋台

この行列に出ていた祭礼屋台が昭和 53年に上西町の若宮神社の倉庫から発見され、その棟に諏訪神社の社紋〈梶の葉〉が記されていたことから花火祭りに使ったものではないかと考えられていました。

またこの屋台には操り人形やからくり人形で使う綱の溝が切ってありました。さらに、髙見町から見つかった操り人形には「文政十三年髙見若キ者」と記してあり、当時は祭礼屋台で人形による三番叟を演じ町を練り歩いたことがわかりました。

しかし、天保改革の倹約令により祭礼屋台や宝船が廃止され、現在の赤鬼、青鬼だけが残りました。

奉納煙火

前夜祭の夕方,斎火の儀で受け渡された火縄により宮司、氏子総代、大山、世話係立会いのも、六町の取締の各代表が諏訪神社,社殿前で奉納煙火を行います。

練込み・練込み囃子 

各町がお祭り会場へ太鼓台や大筒台を引っ張り、お囃子を囃し騒ぎ立てて向かうことを練込みと言います。練込み囃子には早節、煽節、帰節の3つがあります。

早節は、祭典会場に向かう途中で囃します。「ナンダコラセ」と囃すのが特長です。

煽り節は、大筒が火を噴き上げるとき囃します。「ソラダセダセヨォ」と繰り返しますが、昔は「サァダセダセヨォ ソラダセダセヨォ」と囃していました。お囃子で騒ぎ立てながら花火を出すことは、新居だけの風習です。

帰り節は昔、町まちなか中が祭典会場だった頃、各町が細工花火や大筒を出し終えた後、会所や公民館へ帰る道々奏でられました。

お出張り

諏訪神社での神事を終えると、諏訪神社から神籬(ひもろぎ)と呼ばれる榊さかきの葉が宮司、氏子総代、大山、世話係によって前夜祭会場へ運ばれ、花火の見える場所に安置されます。

これをお出張りと言い、そこで煙火開始前に神事が行われます。神様の御 魂(み たま)が社(やしろ)を出られ、降神(こうしん)の儀ぎにより神籬に遷り花火(つうりはなび)をご覧になるとともに奉納煙火の安全を見守ります。

お出張り

山(やま)

山とは花火を出す櫓(やぐら)のことです。大三町が1つずつ持ち、南から南山の源太山、中山の西町山、北山の仲町山と並びます。

それぞれの山は大三町が取り仕切り、一般の人はそれぞれの所属する町の山以外では花火を出すことができません。各山には常時、火縄を持った取締一名が載り、大筒・双筒・猿田彦が行われる間に、花火に点火していきます。

大山

大山は前夜祭会場に作られる特別な高い櫓のことで、それに載る人のことも言います。大山役は大三町で務め、現在は仲町1名、源太山町2名、髙見町1名の4名で務めています。

大山

大山には奉納煙火の順序を書いた目録行灯が掲げられ、前夜祭は大山の口上から始まります。

各町の番組の花火を出す合図と山の花火中断の合図は、大山から運動場の南端まで張られた綱火(つな び)によって行なわれます。

綱火

本来、大山役は氏子総代が務めていましたが、祭礼中あまりに多忙なため、大山という役職を作り運営することになりました。

前夜祭とその変遷

土曜日・新居中学校 前夜祭は髙見町の往還で行っていましたが、明治 31 年火薬規制が強化れ、翌年諏訪神社の社前、現在の神社入口脇の石垣上に、昭和 42 年に新居中学校の校庭に移転しました。

前夜祭は大山の口上から始まり、揚花の緑星(みどりぼし)の合図で山開きとなり、各山から手筒花火が出されます。

大筒・双筒・猿田彦の開始の合図はすべて綱火によって行われます。花火を出す順番細工順は昔から決まっています。各町が披露する花火が細工花火から大筒に変わっても、昔の名残りで、大筒を出す順番を細工順と呼びます。

猿田彦煙火 

猿田彦煙火は、上西町による乱点けのことです。間髪を入れず点火していくため一度に数十本の火柱が乱舞します。

由来は、天照大神の命を受けた邇邇芸尊が日本を治めるべく高天原から地上に降りた(天孫降臨)とき、猿田彦神が行く手を照らし先導したという神話を元に作られた。

宝暦10年(1760)猿田彦神の面と衣装を着けた上西町の役人を先頭に大・小太鼓、ほら貝のお囃子で町中を練りながら花火を出したのが始まりと云われます。

独特のお囃子は、出陣に際しほら貝と太鼓で士気を鼓舞した武田信玄の故事を模したともいわれます。新居の花火の特長であるお囃子・乱点けの大騒ぎを最もよく表しているのが猿田彦煙火です。

例大祭

日曜日・諏訪神社・神輿渡御 お祭り3日目の本祭りに、神事(宮座)を終えた後、神 輿渡御が行われます。神輿は花火六町と踊り四町を巡ります。

御神体遷しの儀
御輿渡御

お先祓いの榊・汐花・赤鬼・青鬼・社額・鉾ほこ・社旗・猿田彦・太刀袋・獅子頭・太鼓・神輿・神職・宮司の順で町内を巡ります。 

六町廻り

 日曜日夜7時からの六町廻りは、子どもたちの太鼓台引き廻し(ぞめき)と取締の仮装の行列を行います。

浴衣姿の世話係を先頭に子どもが叩く太鼓台、取締や若い衆の仮装行列が続きます。この仮装は江戸時代からのもので、唐人衣装などで仮装して賑やかに行われていました。

六町を廻り、午後9時までにそれぞれの会所・公民館に帰ります。

手打ち式 

手打ち式は3回(試み、前夜祭、例大祭)行われます。最終日の手打ちは、お祭り3日間の締めとなります。各町の代表世話係が中田町三間道の四つ角に集まってきます。

各町の役提灯が輪になって並ぶなか午後9時、式が行われます。仲町世話係大将の「ヨーオ、シャンシャンシャン、オシャシャノシャン」の手打ちの音頭で祭典は終了します。

大三勘定(大三割)

祭典が終了した翌朝、髙見町公民館に各町世話係代表が集まり大三勘定(祭典経費の精算)が開かれます。

大三町(仲町・源太山町・西町〈西三町〉)による大三勘定は、各町の戸数により六町を3つに分け、祭典経費の負担金を大三町の戸数により決めるものです。

大三勘定は、単独では大三町ではない髙見町で行われていますが、これは江戸時代からお祭りの中心地が髙見町であったことに由来します。

試み(心見)

「試み」の見どころは、なんといってもど迫力の「手筒花火」と「細工花火」!「試み」で奉納される「手筒花火」の1本あたりの火薬の量は、翌日に行う「前夜祭」よりも多め。そのため、迫力ある手筒花火の打ち上げ風景が鑑賞できます。

新居小学校

前夜祭

「お宮参り」、16:00から赤鬼と青鬼が花火六町のお清めを行う

「汐花(しおはな)」、17:30からそれぞれの町が独特のお囃子を行いつつ諏訪神社へ向かう

「練込み(ねりこみ)」、18:00には火おこしの「斎火の儀」や、神様が花火見物に降臨する

「お出張り(おでばり)」、高い櫓(やぐら)の上から祭礼開始の挨拶を行う

「大山口上(おおやまこうじょう)」が行われます。

大山の口上から始まり、揚花の緑星(みどりぼし)の合図で山開きとなり、各山から手筒花火が出されます。

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