700年続く希祭「田遊祭」1月7日には、遠州の神様が法多山に集まります。
室町時代より法多地域に伝わる五穀豊穰を祈願するお祭りです。本堂を目指して時代装束に身を包んだ村方衆と寺方衆が杉並木の参道を進みます。
村方衆により本堂前の北谷寺で奉納される七段の舞は、米作りの過程を七段構成の舞楽で表現したもので、民俗学的にも貴重なものとして有名です。
最初は「太刀の舞」-抜き身の太刀を持って舞います。
2段は「棒の舞」-紙垂が付いた棒を持って舞います.いずれも場を浄める舞です。
3段は「しらくわ」-舞台奥に並んだ歌い手の歌のみです。
4段は「田打ち・牛ほめ」-まず鍬をかついだ二人が登場.太鼓の両脇に立ち,採りものを置いて,二人が掛け合いで田打ちの歌を歌います。
途中から牛をつれた嫁御が登場.牛は中央の太鼓に頭を載せ,嫁御が舞台のみんなに御神酒をついで回ります.牛にも飲ませ退場.そのあと,牛は舞台から降りて境内,本堂を暴れ回ります。
田遊祭の中盤の盛り上がりで登場する「牛ほめ」には狂言要素も多く含まれ、兄弟と兄嫁が登場し、牛を誉め、酒を飲まされた牛が暴れ境内を練り歩く様が描かれます。
5段は「のっとう」-太鼓の両脇で2人が「のっとう」の歌を歌い,籾を撒きます。
6段は「鳥追い」-5人が太鼓の周りを回りながら「鳥追い」の歌を歌います。
最後の7段は「そうとめ」-40本くらいの破魔矢が舞台正面に飾られます.そうとめと10人くらいの若者が舞台に登場します.そうとめが舞っていると,若者がそうとめが背負っているかごを扇子でたたきます.かごがぼろぼろになる頃舞が終了します。
祭りの最後の放ち矢の神事の後に、福餅投げが行われます。
田遊祭は,室町時代から伝わる五穀豊穣を祈念する郷土芸能で,静岡県の無形民俗文化財の指定を受けています.舞は動きが少なく,見ていて面白みはありませんが,素朴で古い時代の様式を受け継いでいると思われます。
700年前の室町時代からと伝わるが、演者が口にする謡(うたい)の語句の中には、さらに古い鎌倉時代(1185年~)のものの言い回しやメロディーが入っており、時代の変遷を超え今も伝わります。
祭の後半には、法多山本堂脇にあるこの地の鎮守である白山神社に登り、弓をつがえ矢を放つ「大矢放ち」の神事を行います。
田遊祭は「予祝(よしゅく)芸能」と呼ばれ、こういうことが起きたら良いな、という事を模倣し、福を呼び込む願いが込められています。