第26番札所 長谷寺

行基上人が網代の屏風ヶ岩で修行していた時、付近に漂着した霊木から観音像を彫り、洞窟の中に安置したと云われています。この霊木が奈良県の長谷観音像を彫った木の末木であったことから、奈良・鎌倉の長谷観音と共に「一本三体観音」とされています。 古くは真言宗に属していたと伝えられています。

行基上人(668-749年)が網代の浜、屏風ヶ岩で修行されていたとき、浜に漂着した霊木をみつけました。上人はこの霊木が、大和の長谷観音像を彫した木の末木であることを知り、観音像を彫り、洞窟の中に安置して立ち去られたといいます。

里人たちはこの観音像を年久しく信奉し、この洞窟を”観音窟”と称し、海に働く人々は”観音山”と呼んで崇めていたところ、大永元年(1521年)、善修院開山の大祝和尚がいまの地に移し、地名(根越)を山号とし、長谷寺と号したと伝わります。

急坂を登り、さらに急な石段参道を登ると正面に寺号扁額を掲げた山門。複雑な意匠でつくりは不明です。山門をくぐると視界が広がり、正面に山を背負った本堂、右手には太子堂などの堂宇がならびます。

山門
山門
太子堂
本堂

本堂はおそらく宝形造とみられ、棟の頂部に露盤、伏鉢、宝珠を置いています。本瓦葺の重厚な構えで、朱塗りの向拝柱や欄干。建物は比較的新しいものと思われます。

号扁額
本堂
山号根越山(ねごえさん)
寺院名長谷寺(ちょうこくじ)
宗派曹洞宗
本尊聖観世音菩薩
真言おん あろりきゃ そわか
住所熱海市網代542

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