山号は瑞応山と称し臨済宗(禅宗)のお寺で、本山は鎌倉の円覚寺です。
“第1番札所 長徳寺” の続きを読む第2番札所 弘道寺
天正年間(室町時代)に福寿庵と称し創建された古刹で、本尊は行基作と言われる聖観世音菩薩です。 何度かの火災により、詳細な縁起は焼失しています。寺伝によると、弘治年間(1555-1558年)、最勝院七世笑山精眞禅師を開山とし、福寿庵と号して当町東原にありましたが、第二世気添龍意和尚が現寺地に遷され、天城山弘道寺と号を改めました。
“第2番札所 弘道寺” の続きを読む第3番札所 最勝院
吾宝宗璨を開祖とし、1433(永享5)年に創建された歴史ある寺院です。 五哲と呼ばれた優れた門下僧らにより、門派の寺は1400を超えます。自然豊かで、静かな雰囲気の境内には西国三十三観音札所を模した霊場があります。 秘仏である火防薩埵菩薩は、天狗の伝説にまつわるものです。
“第3番札所 最勝院” の続きを読む第4番札所 城富院
1542(天文12)年に最勝院七世笑山によって開かれた寺院です。 北條五代の祈願所でもありました。 1655(明暦元)年に火災で焼失、また1671(寛文11)年に山崩れで被災しましたが、1681(延宝9)年に再興され、現在に至っています。
“第4番札所 城富院 ” の続きを読む第5番札所 玉洞院
焼失の為、沿革等は一切不明となっています。昭和49(1974)年に建築された本堂前には、枝垂れ桜の老木があります。 伊豆八十八ヶ所霊場の他、駿豆両国横道三十三観音霊場の第5番札所でもあります。
“第5番札所 玉洞院” の続きを読む第6番札所 金剛寺
沿革等は不明です。1889(明治22)年と彫られた「豆州八十八ヶ所霊場」の版木が発見された寺院で、檀家を持ちません。 文化財級の貴重な仏像が安置されています。かなり朽ちてきていますので、皆様のご支援をお願いします。
“第6番札所 金剛寺” の続きを読む第7番札所 泉龍寺
1500(明応9)年開創の寺院で、かつては真言宗でした。 洪水被災により、現在地に移転となりました。本堂前の踏み石の下に、先代の住職が四国八十八ヶ所霊場より持ち帰った土が埋められていて、その上でお参りできるようになっています。
“第7番札所 泉龍寺” の続きを読む第8番札所 益山寺
空海の創建と伝えられています。山の上にある寺院で、参詣には30分ほどの坂道を上る事となります。 参道脇の西国三十三観音をはじめとし、境内にも多くの石仏が祀られています。 伊豆横道三十三観音の第6番札所でもあり、1773(安永2)年の御詠歌が残されています。
“第8番札所 益山寺” の続きを読む第9番札所 澄楽寺
791(延暦10)年に、弘法大師によって開創されたと伝えられています。伊豆八十八ヶ所霊場の中でも歴史のある寺院です。
桂谷二十一ヶ所巡礼の第9番、伊豆中道観音霊場の第27番札所でもあり、それぞれ1915(大正4)年2月と1902(明治35)年9月に書かれた御詠歌が残っています。
“第9番札所 澄楽寺” の続きを読む第10番札所 藏春院
蔵春院は、第9番澄楽寺からほど近い田京(たきょう)の地にあります。1438(永享10)年に起こった永享の乱で、主君の足利持氏を死に追いやったことに責任を感じた関東管領の上杉憲実が、菩提のために建立した寺院です。
憲実から寺院建立を懇請された宗能禅師がその造立の際に、この地に棲んでいた悪龍を鎮めたという龍神伝説が残ります。 1947(昭和22)年に全山の七堂伽藍を焼失しましたが、1978(昭和53)年11月に本堂が再建されました。
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