858(天安2)年、中国の長安にある青龍寺で学んだ僧が帰国する際、千体仏を積んだ船で遭難し、吉佐美の浜に打ち上げられました。 その千体仏を安置するために立てた庵が寺の始まりと伝えられています。 源頼朝が崇敬したという本尊の不動明王も、この千体仏の一体と云われています。
“第53番札所 寶徳院” の続きを読む第54番札所 長谷寺
天平年間(729~749年)に行基によって開創されたと伝えられています。 元は真言宗古義派に属し、西老山昌善寺と称しましたが、1545(天文14)年に現在の浦岳山長谷寺と改称しました。 1655(明暦元)年に曹洞宗に改宗しました。
“第54番札所 長谷寺” の続きを読む第55番札所 修福寺
奈良県奈良市の大安寺の別院として開創された石門寺という寺院でした。 所在地は開創時は南伊豆町青市に、その後手石、現在地である湊と変遷しました。 その際、名を飯盛山修福寺と改め、曹洞宗に改宗しました。
“第55番札所 修福寺” の続きを読む第56番札所 正善寺
古くは真言宗の寺院で詳善寺と称していました。 寛永年間(1624~1644年)に修福寺五世嶺屋秀雪が開山となって曹洞宗に改宗し、現在に至ります。
“第56番札所 正善寺” の続きを読む第57番札所 青龍寺
享保初期の火災で記録の一切が焼失しているため詳細は不明であるが、1225(嘉禄元)年開創と伝えられています。 現在の本堂は1720(享保5)年に建てられたものです。
“第57番札所 青龍寺” の続きを読む第58番札所 正眼寺
1351(北朝暦観応5)年に真際によって開かれた臨済宗の寺院です。 至近の長津呂港は江戸時代に賑わい、近くにあった建長寺派の守源寺が栄えたのに対し、正眼寺が衰退していたのを獲麟が再興したと伝えられています。 1890(明治23)年に守源寺は災害により廃寺となり、正眼寺に併合されました。
“第58番札所 正眼寺” の続きを読む第59番札所 海蔵寺
古くは仲木地区にあったと云われる天台宗の寺院でしたが、天文年中(1532~1555年)に現在地に遷移し英仲亀和尚を開山として臨済宗建長寺派に改宗しました。
“第59番札所 海蔵寺” の続きを読む第60番札所 善福寺
幾度かの被災の末、詳細な記録は不明となっていますが、1628(寛永5)年に入寂した了快を中興の祖としています。 天保年間(1830~1844年)に本堂・庫裏が再建されました。
“第60番札所 善福寺” の続きを読む第61番札所 法泉寺
情報の少ない札所のひつとで開創も不明ですが、寛文二年(1662年)最福寺の宝山順和尚が(再興)開基し、最福寺三世の僧・傳心を開山とあります。かつては真言宗の小庵でした。1662(寛文2)年に最福寺の宝山順和尚が再興して曹洞宗の寺院となりました。
“第61番札所 法泉寺” の続きを読む第62番札所 法伝寺
当初は真言宗の寺院で、別の地にありました。 寛永年中(1624~1644年)に現在地に遷し、臨済宗となりました。
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